連載 Vol.21 美容家 石井美保さんが出会った心を映し出す「いけばな」
フランスを訪れた際に花をさりげなく、
素敵に生活へ取り入れているスタイルに感銘を受けた石井さん。
“花”について興味が深まり、日本での生活で上手に取り入れたいと思うように。
今回はいけばなという伝統文化を学ぶため、
華道家 池坊美佳さんに会いに行きました。
思いやりの心を表すことが
心地よいコミュニケーションに
石井さん:フランスを訪れたとき、至るところにお花が飾ってあるのを見てお花がある生活はとても素敵だなと改めて思いました。
池坊美佳さん(以下、池坊さん):そうだったんですね。実はフランスのアレンジメントはシンプルに構成されているものが多いんですよ。私はそれがフランスの女性たちとも似ているなと思うんです。着飾っているわけではないのに、気品に満ちていてカッコいい。花は女性たちの生き方に通じるものがあるのかもしれませんね。
石井さん:たしかにそうですね。私も40代になった今では、花を飾る習慣がつき、もっと花について学びたいと思うようになりました。いけばなにも興味はあったのですが、敷居が高いと感じてしまって……。
池坊さん:そうおっしゃる方も多いですが、いけばなは「心」で生けるもの。難しく考える必要はないですよ。桜の時期には桜を、四季折々の和花を使うので身近に感じていただける文化だと思います。
石井さん:なるほど。フラワーアレンジメントとはどういう点が違うのでしょうか?
池坊さん:フラワーアレンジメントは満開の花々を使って華やかに仕上げる「足し算の美学」ですが、いけばなは「引き算の美学」です。花をいろんな角度から見つめて主役を決め、周りの花や葉は主役を引き立てるために摘み取ることもあります。あとはアレンジメントのように贈りものには使いませんが、たとえば自宅へお招きするときには招待する方の好きな色を取り入れるなど、相手を想って生けるものです。
石井さん:物を渡さなくとも、相手を想う心が表現されているんですね。花はプレゼントしたり、いただいたりする機会も多いですが、贈ることに満足するのではなく、大きすぎず持ち帰れるものがいいかなとか、相手の立場に立って考えられる思いやりの心が大切だと感じていて……。
池坊さん:私も贈ったあとのことまで考えるのは、とても大切だと思います。例えばお祝いの場などで大きな花束を贈ることは、祝福の気持ちを表すことができて素敵ですよね。ただ、大きい花束は相手のその後のご都合まで考えると、持ち運びや自宅で飾る時に苦労をかけてしまうことがあるかもしれません。なので私がお花をご用意するときには、いくつかの花束を大きくひとつの花束にまとめたものを花屋さんに作っていただいて、「みなさんが帰られる際にお配りください」とお贈りしていますよ。
石井さん:そのアイデア、とても素敵です。贈られた方がその場のみなさんに幸せのおすそ分けもできますね。
池坊さん:ありがとうございます。他にもサプライズではなくなるけれど、お花は生きているものですから配達でお贈りするときには都合を事前にお伺いするのも大切かなと思います。独りよがりではなく、歩み寄る姿勢や言葉など、ひと手間かけることで相手に真心が伝わるのではないでしょうか。
日本の美意識を表現する
伝統文化「いけばな」を世界へ
石井さん:自宅で飾るものなどは洋の花が多い気がするのですが、和花というとどういうものですか?
池坊さん:小さなころから愛でてきた四季を感じられる花が和花ですよ。日本では冬から春に近づくと梅が咲き、桜が見事に咲き誇りますよね。梅雨がきて紫陽花が咲いて夏になり、秋になると金木犀の甘い香りが漂います。
石井さん:たしかにそうですね。子どもの頃、落ちている椿を拾って喜んだり、ツツジを摘んだりした記憶もあります。和花として意識していなかっただけで、私たちの生活に馴染みがあるものばかりですね。
池坊さん:そうなんです。あとはよくある話で、茶道は一度習ったことがあるけれど、華道は全く経験がないという方も多いんですよね。
石井さん:実は私もそうです(笑)。
池坊さん:そうでしたか。今回学んでいただけることをより嬉しく思います。体験していただいた結果、自分に向かないなと思われてもいい。まずはいけばなに触れるきっかけづくりも日本はじめ海外でも力を入れているんです。そのとき、いけばなは蕾や朽ちていく葉など、刹那的な美しさも表現していることをお伝えしています。
石井さん:満開の花だけが美しさではないということですね。
池坊さん:はい。日本の方は説明しなくても感覚で分かるのですが、海外ではこの美意識についてよく質問されます。でも、そうやって興味をもってくださる方がどんどん増えていて嬉しいですね。私も海外で花を生けるときは、その国の花など馴染みのある花材を取り入れるようにしています。世界でいけばなを嗜む方がひとりでも増えてくださったら、とても嬉しいなと思うんです。
気づきを与えてくれるいけばなは
自分の心との対話の時間
石井さん:いけばなは心で生けるものというお話がありましたが、いけばなを通して磨かれる力はどういうものがありますか?
池坊さん:「省く潔さ」ではないでしょうか。年を重ねるほど研ぎ澄まされていき、それが作品にも表れているなと感じます。普段の生活でもそうですね。20、30代は洋服もお化粧品もあれもこれもと欲しいと思っていましたが、40代になったころ省く潔さが生活にも、作品にも出てきたように思います。
石井さん:省くのってすごく難しいですよね。私も40代になり、年を重ねることに対して前向きに考え方が変わってきました。全てを手にしていることより、自分にとって大切なものは何か見極めていくことが大切なのかなと。
池坊さん:そうですね。いけばなも時間をかけたからといって、良いものができるわけではないんです。どれを省けばいいのか悩んでいるうちに花も元気がなくなってしまう。取捨選択できる決断力は、いけばなの核となる部分だと思うのですが、雑念や不安を抱いている日は優柔不断になってしまうこともあります。
石井さん:池坊さんでもそういうことがあるんですね。
池坊さん:でもそういう日があっても悪いことではないと思うんです。花を通して自分の心と向き合ったからこそ、気がつくことができたのですから。
石井さん:素敵ですね。仕事柄、美に携わっていると若さがフォーカスされることも多いのですが、これからの人生だってまだまだ長い。どうするか? が大事だなと思っています。
池坊さん:若さって、それだけでキレイですもんね。たしかに老いていくことで失うものはあります。でも、私はそれを補う生き方や知識が増え、人の痛みが分かるようになったことがあり、よい時間の重ね方と気がついてから無理に抗おうと思わなくなりましたよ。でも、それは諦めるという意味ではなく、いつでも新しいことにチャレンジできる自分でいたいなと思います。
石井さん:何を選択するのか、いけばなは生き方にも繋がっていく学びですね。私も学びを止めずに自分を高めていきたいなと思います。本日は素敵なお話をありがとうございました!
華道家・華道家元池坊青年部代表 池坊美佳さん
華道家。華道家元池坊青年部代表。華道家元45世池坊専永の次女。
1993年皇太子結婚式、宮中晩餐の儀における宮殿のいけばなの挿花に参加。以降、国内外でいけばなの振興に尽力。その活動は「いけばな」のみならず、多様なフィールドに及ぶ。著書に『永田町にも花をいけよう』(講談社)
撮影/平井敬治<人物> ヘア/SATOMI(cheka.)
取材・文/高橋奈央 デザイン/瀬尾侑平